講演会(ご案内・ご報告)

第6回講演会

プログラム2
「膀胱癌に対するBCG注入療法から見えてくる
丸山ワクチンの作用機序」
日本医科大学微生物学・免疫学教室主任教授
高橋 秀実先生


1.はじめに:見直される自然免疫と、丸山ワクチンの作用解明

高橋 秀実先生  皆さま、こんにちは。高橋でございます。
 今からちょうど4年ぐらい前になるのですけれども、なぜ丸山ワクチンは効くのだろうかというようなときに私、自然免疫の話をさせていただきました。そしてこういう方向が丸山ワクチンの本当の作用の解明につながるのではないかというようなお話をさせていただきました。きょうは偶然なんですけれども、先ほど篠原先生がお示しくださった本を僕はスライドの一番最初に持ってきているのです、ちょっとお見せしましょう。(図1)

(図1)

 ここに『現代免疫物語』とあります。これはことしの3月20日に第一刷が出たのですが、実際に本屋の方に並んだのは4月だと思います。そして私も早速拝見した中に篠原先生もおっしゃったように、大阪大学総長をお務めになられた岸本忠三先生が丸山ワクチンのことを書かれている。内容の細かいところちょっと合わないなと思うところもあるのですけれども、大きな流れはこういうことなんですね。

 今まで我々は免疫といえば自分たちが麻疹にかかれば麻疹の抗体を獲得し、その抗体がちゃんと作用してその次の予防になる。だからこうしたことを利用したワクチンによっていったんかからせておいたような形で免疫システムに記憶させることができると考えられてきました。こうした我々の体内にある記憶させることのできる免疫を獲得免疫と呼んでいます。ところが、我々にはその記憶に関係のない免疫も存在していて、その免疫はあまり意味の無い免疫だろうというようにこれまで考えられていたわけです。ところが、それはつまんないどころか、もしかしたらがんを克服したり、実はもっとさまざまな膠原病あるいはアレルギー疾患など、そういうものにも非常に有効に作用し、それを制御するような免疫だろうというようなことがわかってきたわけです。

 このブルーバックスという本ですけれども、「自然免疫の驚異」ということですが、自然免疫に関しては、実は今の免疫学の教科書にはほとんど書いてありません。2000年以降に書かれた教科書でもほとんど載っていません。今度、私はリッピンコットという『免疫学』の教科書を丸善出版から出したのですけれども、この本はアメリカの最新の教科書から東京医科歯科大学名誉教授の矢田純一先生と一緒につくりましたが、その最初のところはバリア、次は自然免疫という項目になっています。

 21世紀に入り、実は我々の体表面の免疫こそが非常に重要であるということがわかってきました。その体表面の免疫について注目したのが岸本忠三先生で、岸本先生の親分に当たる方が山村雄一さんという昔BCGの研究でがんにも有効だというような形の研究をされていて、丸山先生ともたしか一緒にやろうかみたいなお話があったのではないかと、私は記憶しています。そして岸本先生は山村先生のお弟子さんになってからは、実はインターロイキンという獲得免疫の情報伝達物質に関する研究を中心になされ、つい最近までずっとこの獲得免疫の話を中心に研究されていたと思うのですが、最近はこの自然免疫に注目されておられます。

 実は、岸本先生の一番のお弟子さんの審良(あきら)静男先生は今、日本でもノーベル賞に一番近い人じゃないかと思いますが、その審良先生がこの自然免疫に注目されておりまして、よく考えてみると、山村先生、岸本先生、審良先生、このお三方が日本において結核菌免疫、特にそれにかかわる自然免疫というものを解きあかしていったということが、今偶然にも見えてくるような状態なのだと思います。ただ、実はそういうものが本当にがんに有効ではないだろうかというようなことに始めに気づいたのは、結核病棟の患者さんを診続けてきた丸山先生なのだろうなというように感じます。

 今からおよそ40分間ぐらいでしょうか、こういった自然免疫と丸山ワクチンがどうして効くのかというようなお話をさせていただければと思います。



2.皮下1ミリの免疫システム

 スライドはリッピンコットという教科書の一番最初のページに出ているものですが、このように人間の体にはいろんな self(自己)というものがあって、いろんな病気と闘っているんだというようなことですね。で、自分の回りにあるのが notself(非自己)というような形なのですが、これと self(自己)とが闘っている。そのときによーく見ると微生物というものがあって、これは外界、環境ですね。それと一番最初に出会うのは我々の体表面の皮膚だとかあるいは脂の腺の脂腺ですね、その本当に内側の直下に免疫が存在しまして、それは本当に狭い領域です。あとでお示ししますけれども皮膚だったらわずか1ミリ、その中に細胞群がいっぱいいるのです。その皮膚の直下の皮下1ミリという中にあるのですが、我々はほとんど皮膚を引っぱがして免疫の研究はしてこなかったわけです。だから今まで見てこなかったような免疫システムがここに存在しておりまして、それを自然免疫といいます。

 それに対してその下に血液中の血を抜いて調べるような獲得免疫があります。それはリンパ臓器も含めて脾臓を調べよう、あるいはリンパ節を調べよう、そういう獲得免疫系の動きがありまして、今までは実は体内を循環するリンパ節の動き、脾臓の動き、そして血液中の免疫リンパ球の動きというものを中心に見てきていたわけです。すなわち、わずか1ミリの体表面にあった免疫を無視してきてしまった結果なんですね。

 図に示してありますのは皮膚です。皮膚というのがあって表皮という場所はわずか1ミリぐらいのところです。この表皮のところにあるのが自然免疫システムでメジャーです。その奥に獲得免疫があって、これは血液との接触があるところです。一枚引っぱがすとそこの奥に免疫があって、それは記憶を形成したり、もう一回入ってきたら覚えているというようなもので、免疫というのは記憶を形成するんだというふうに我々も教科書的にも覚え込まされていたわけですが、記憶のない免疫系、それが非常に実は重要な役を演じていると考えられます。

 そしてさらにがんはどこから発生するかというと、後ほど出てきますが、このわずか1ミリのところから発生してくるのです。例えば血液中から発生するものは肉腫と呼ばれるもので、胃がんにしろ、食道がんにしろ、大腸がんにしろ、全部わずかこの1ミリの中から出てきます。そこで出会う最初の免疫というのは実は血液中の免疫ではなくて、体表面に配置された自然免疫であると。その自然免疫を活性化させる方法をいち早くキャッチされたのが丸山ワクチンなのだろうというふうに思いますし、山村先生はそれをBCGということで、ウシ型結核菌で見てきました。今までは血液中の免疫あるいは体内のリンパ臓器の免疫は、例えばCD4のT細胞、ヘルパーT細胞とかキラーT細胞とかナチュラルキラー細胞、このナチュラルキラー細胞はこちらに存在します。あるいは抗体産生のB細胞 というような形で、我々のこれまでの免疫の教科書の登場人物はすべてこれだけです。おそらく2000年までの教科書は全てこれらの細胞群しか書いていなかったわけです。

 ところがここにわざと空間をあけたのは、ここに免疫があるよということです。(図2)

(図2)

これは自然免疫で粘膜、皮膚です。そこに存在する細胞群はちょっと血液中とは違った様子を示していまして、一つは、ガンマ・デルタ型T細胞、ガンマ・デルタと呼ばれています。ここにT細胞というのがあるのですが、血液中のT細胞とは全然違うタイプなんですね、それがわずかこの1ミリの中に配置されている。(図3)

(図3)

 そしてもう一つはDC、樹状細胞と呼ばれているものです。表皮内にいるのはランゲルハンス細胞と呼びますが、異物が入ってきたらそれに対してその存在ををキャッチして体内の免疫システムに教える、たったそれだけのことだったのですが、よく考えると、実はがんはここから発生しているんですね、そしてがんに対する情報もまたこれが察知して教える。体内の免疫細胞全体に教えているのか、それとも自分の回りにいる免疫細胞のみに教えているのか、そこら辺がわからなかったわけです。

 自分の回りにいる免疫細胞として、ナチュラルキラーT(NKT)、これはナチュラルキラー(NK)とは全然違うものですが、存在します。ナチュラルキラーとは全く違う別のNKT細胞、ナチュラルキラーとT細胞の合いの子みたいなものです。そしてまた、今までほとんど血液中には1%以下ぐらいしかいないようなガンマ・デルタ型T細胞というようなものがいて、この樹状細胞はがんと闘うための免疫は、ガンマ・デルタやNKT細胞と組んでおそらくこの中の出来上がった腫瘍を制御していたのだということがだんだん見えてきたのです。



3.がんと闘う獲得免疫:キラーT細胞とNK細胞

 最初の獲得型免疫というものをお話ししますと、今までは異物があった場合、B細胞がつくった例えば抗体というものがこの異物にくっついて、そして抗体のくっついたものが貪食、排除されてしまう、抗体のオプソニン効果といいます。要するに異物は抗体がくっついて排除されるということです。体内に麻疹のウイルスが入れば、麻疹のウイルスにくっつく抗体があって、それがうまくウイルスを制御しているということがわかってきました。そのような抗体をつくるのがワクチンであり、そして免疫であると。

 それにしては丸山ワクチンという名前は少しおかしいなと、何を記憶させているのだろうというようなこともあったわけですが、全然関係なかったんですね、記憶物質、記憶させるような免疫を活性化するのではないのです。

 今までの免疫をもうちょっと話します。異物が細胞の中に、例えばウイルスだとインフルエンザウイルスが肺の中の細胞に入る、そうするとウイルスに入られた肺の細胞と、ウイルスが入っていない肺の細胞をどうやって区別するかというと、細胞の中に入るとウイルスは複製します。この複製したウイルスの一部の断片化、切れ端が実はMHCと呼ばれる抗原提示分子とともに、「ウイルスがいるよ」という情報として細胞表面に出されるということがわかってきました。

 今まではこのMHCから提示されたウイルス情報をT細胞が認識するのです。認識するのですが、そこには一つのルールがありまして、自分のT細胞にくっついて、これもまたMHCというマークがくっつきます。このマークの符丁が一致したときのみ情報交換ができるというルールに従っていたわけです。このルールを見つけたのが今から6年くらい前にノーベル賞をとった Zinkernagelという人なのですが、T細胞レセプターというものでこのMHCプラス抗原というものが認識される。このT細胞レセプターは、例えばT細胞は一生懸命ウイルスがやってきて「コンコン、私はインフルエンザですよ」といっても、「何ですか」というような感じで全然わからない。あくまでも細胞の中から、感染細胞からMHC分子を介した情報を提示されたときのみわかるというような形でこのT細胞は動いていたわけです。

 このT細胞レセプターは従来のアルファ・ベータ型T細胞レセプターです。ただし、こういうものはいちいち記憶にのっとってこの異物にピタッと鍵と鍵穴に合うように、実は細胞の中の遺伝子がいろいろ再組み合わせ、再編成を行ってこのレセプターを出している、すなわちこのレセプターは遺伝子の再編成、いちいち細胞の中で組み替えというのが起こって出てくる遺伝子の産物なんだということがわかっています。そしてこのT細胞は胸腺というところで教育をされるのですが、そうでないT細胞も存在している。その中でMHCという分子はいろんな細胞に、私たちの体の中の細胞には全部情報を提供する、ウイルスが入ったら全部どの細胞にもお知らせできる。実はそれは私たちの細胞ががん化をすれば全部その情報は、やはりここからお知らせするというようなシステムになっていたわけです。

 そしてそのような情報提供分子として、すべての核を持って細胞、すなわちがん化やウイルスの感染に伴って遺伝子の異常を起こす可能性のある細胞群には、細胞内の遺伝子変化に伴い細胞内で産生された癌タンパク情報を教えるようなMHCクラスIと呼ばれるHLAーA、B、Cに相当した分子が発現しています。またもう一つは、B細胞、マクロファージ、樹状細胞上に存在するクラスIIと呼ばれるHLA-D群に相当するような抗原提示分子が発現しています。

 少し難しかったかも知れませんが、今お医者さんになるためにはこのようなことも知っておかなくてはいけないのです。ことしの国家試験には例えばクラスIIMHCを持っている細胞は以下のうちどれか列挙せよという形、あるいは抗原提示能を持っているような細胞群はどれかということを問われます。医師国家試験の第103回に全く同じようなことが出ているのです。この回答はB細胞、マクロファージ、樹状細胞と答えなければならないのですけれども、何個と書いていないからきっとみんな2個ぐらいで適当にやって落ちてしまうという形だったと思います。(笑)

 ここの特徴は実は細胞内でつくられたがん由来の蛋白とか、あるいは複製のウイルスの蛋白の断片、すなわちペプチドと呼ばれる蛋白情報抗原をこれは提示するということがわかっています。そしてこのMHCは、例えば私と篠原先生はクラスIもクラスIIも全然違うMHCを持っている、すなわち個体間で全部異なるという状態です。それぞれ個の中で individual に決定されている、個体間で全然違う、一人一人が全部違う。だから移植がうまくいかないのはこのMHCが違うからなのです。移植の拒絶反応は我々の体の中では変なMHCを持ったやつがいるということでどんどん排除してしまう、そういうことなんですね。

 このクラスIのMHCというのはこのように遺伝子の変化があると、そういった特殊なウイルス由来の蛋白が出来上がっていて、その一部が今までちゃんとしたアルブミンをつくっていたのに急にウイルスの破壊産物をつくらせ始めた、おかしいなということでセンサーが気づくのです。で、気づいたらアミノ酸の断片、これはペプチドといいますけれども、それを切り出すことになっています。これをアミノ酸配列はおかしいと思ってそれをクラスIMHCのところへソーセイジのようにはめて、それが抜けないようにして細胞表面に出してくる。そうすると、このような状態で細胞内の遺伝情報の狂いがペプチド断片として細胞表面に提示される。ここまでわかっているんですね、この情報を先ほど言いました獲得免疫のキラーT細胞が認識をしてそれを排除する。

 その排除の仕方ですが、これはCTL、Cytotoxic T lymphocyte、キラーT細胞の英語読みですが、こういう形でこれがもしがん細胞だとすると、このキラーT細胞はどうやって殺すかというと、このがん細胞は遺伝子が狂っちゃっているだろうということで、この遺伝子をばらばらにするという殺し方をします。それを Apoptosisというのです。あるいはフランス語では「P」を読まないでアポトーシスというような形で言いますけれども、相手の遺伝子を消去してしまうという殺し方をして、がん細胞をやっつける。そういうようなものが我々の体内にいるわけです。

 では、このキラーT細胞を活性化させてやればがんは消えるじゃないか、でもどうやってこれを体内でうまく適切に活性化できるか、そういうこともわからなかった。これを適切に活性化させる方法を考えていく上で、実は体表面にある樹状細胞というものがうまく動かなければだめなんだということがわかってきたわけです。そんな中で、一つは特有な遺伝子を持つがん細胞があったらCTL、キラーT細胞がこれをやっつけるだろうと、遺伝子の断片化、Apoptosisを誘導する。

 もしもこのクラスIMHCという情報提示分子が壊れたり、ちょっとだめな形になったり、発現が異常な状態になっていたというような状態をカバーする意味で、情報提供分子のクラスIMHCというのがうまく発現しなかったときに補助細胞として存在していたのが、ここのナチュラルキラーという細胞なのです。このナチュラルキラーという細胞は、あくまでもクラスIに異常があるということが条件ですね、クラスIが正常に出ているがん細胞があれば、それはナチュラルキラー細胞の餌食にはなりません。今までがんの免疫といえば、このキラーT細胞とナチュラルキラー細胞のことだけを調べて、がんに対する抵抗力というふうに呼んできたわけです。ところが実際にはキラーT細胞やナチュラルキラー細胞が体内に発生した、例えば乳がんとか腎臓がん、膀胱がんとかに作用するのだろうかと考えて、多くの疑問が残されていたのが実情です。

 この2つが合わさってApoptosis による遺伝子異常の消去というような形で、細胞内の遺伝子異常を提示する情報提供能力を失った腫瘍細胞は、クラス I MHC分子の発現が低下した腫瘍細胞は、ナチュラルキラー細胞がそれを処理する。そしてクラス I MHC分子を介して情報提供をしているものはキラーT細胞がそれを処理する。この二つ構えでほとんどの腫瘍免疫はいいだろうと、これが獲得免疫と呼ばれたものががんと闘うシステムで、皆さんは今までナチュラルキラーを活性化するような方法、あるいはキラーT細胞を活性化するような方法、そして丸山ワクチンにはこういった活性化能があるだろうという形で研究が進められてきたわけですが、いくらやっても正しい結果が余り出てこなかったわけです。何でなんだろう、実は違うものを丸山ワクチンが活性化していた可能性があったということなのです。

 自然免疫系を活性化できるのが丸山ワクチンなのだろうか、実は獲得免疫の方を活性化しているのが丸山ワクチンなのだろうかということです。がんというのは、本当にわずか1ミリの皮膚の間から発生してくるのです。胃がんにしろ、大腸がん、食道がんにしろ、わずかあの1ミリの粘膜上皮の中から発生してくるのです。だから自然免疫が頑張らないとだめなんだろうなということはわかるわけです。



4.がんは上皮1ミリから発生:小腸にがんが発生しない理由

 がんというのは上皮わずか1ミリのところの腫瘍のことで、 Carcinomaと総称されます。胃がん、食道がん、大腸がん、膀胱がん、肺がん、後ほど膀胱がんの例を出しますけれども、本当に体表面の1ミリぐらいのところから発生するのです。肝臓がんもよく考えると網脈系の血管の中から考えれば、本当に1ミリぐらいのところから発生しているのです。このように癌は、皮膚や粘膜の体表面、あるいは体表面につながる部位から発生します。

 非常に不思議だったのは小腸だけは十二指腸の一部を除いてほとんどがんにならない。人間の体内でものすごい長さを示し、消化管の75%を占め、表面積は全消化管の90%を占めるといわれる小腸にはがんができないのです。そこにがんができてしまうということは、もう最後の末期になってしまう可能性があるわけですけれども、我々はこの小腸にがんができないようなシステムで動いているらしい、なぜなんだろう。

 小腸を見てみました。小腸というのはこういった絨毛という上皮でバァーッと覆われているのです。それが消化管の90%を占めるわけですが、図のようになっています。ほとんど全部が円柱上皮というもので、拡大してみると一個一個の円柱上皮の間に黒いプチプチの一個一個が見えますが、今まではこんなに拡大して小腸を見ていきませんから病理学的にはこれは無視していたのです。そしてよく見ていくと、このちょんちょんと見えるのは何だろうと思っていたのは、全部黒い球でポチポチとしたリンパ球なのです。このリンパ球を上皮内リンパ球(intra epitherial lymphocytes: IEL)といいますけれども、この上皮内リンパ球というのは末梢血、血液中を流れているリンパ球とほぼ同数存在していることが次第に分かってきました。

 すなわち血液中にいるリンパ球と、この粘膜にいるようなリンパ球の数は余り変わらない。しかもこちらは普通の血液中にいるリンパ球のマークとは違うものを出している。この上皮内リンパ球(IEL)の主体は NKT細胞あるいはガンマ・デルタ型T細胞など、樹状細胞の回りにいる細胞群だということがわかってきました。そしてそれが粘膜内樹状細胞、すなわちこの粘膜内樹状細胞、そしてNKT細胞、ガンマ・デルタT細胞というのがペアとなって、案外その粘膜内のがんの予防というものに作用していた可能性があります。これは自然免疫のグループです。



5.樹状細胞のはたらき:脂質抗原提示分子の発見

 これらを活性化できればうまく粘膜内にいたがんというのは制御できる可能性があります。そこの主役である樹状細胞で個体特異的(individually-specific)なMHC分子を持っておりまして、これに対する研究が進んでいます。すなわち今まではクラスIMHC分子、これは実は細胞内に産生されたがんの蛋白とかウイルスの蛋白ペプチドを提示するということがわかっています。もう一つは、クラスIIMHC分子です。これは細胞内から取り込んだような蛋白質を提示するのです。

 で、ここまでだと思われていたのです。ところが樹状細胞といわれるものにはもう一つ大事なものがあります。それは人間ならば人間だけが持っているような種特異的(species-specific)な抗原提示分子を出していたのです。すなわち我々はみんな……ここにいらっしゃる人たち、全員が同じ抗原提示分子を出しているということです。今までは一人一人が違うから、それによって移植の拒絶反応が誘発されるような抗原提示分子、それは蛋白分子を提示していたものばかりだったのですけれども、そうではなくてCD1と呼ばれる種族内で保存されているような抗原提示分子があるということがわかってきました。このCD1というのはすばらしい発見でして、実はクラスIMHCと構造はほとんど同じなのです。何やっているのだろうかと全然わからなかったのですが、こういうものが出ていたんですね、それが樹状細胞に主に出ているのです。

 このCD1分子群というのは何をやっていたのかというと予想外でした。それは病理切片などをつくるときに、例えばアセトン固定とかアルコール固定をしてしまえば消えてしまうような分子、すなわち細胞内で産生された脂質、糖脂質みたいなもの、脂です、脂を提示する抗原分子だったんですね、すなわちがん化したときに、我々はもしかしたら同時にがん化した細胞の中で脂質変性を起こす、その変性した脂質を提示する分子群があったということです。それによって動く免疫系は何かということも今はわかってきたわけです。



6.自然免疫と獲得免疫の違い

 そういう中で先ほどのリッピンコットの教科書ですが、これは今年出したのですけれども、きちっとアメリカの教科書の方には出てきています。すなわちここに自然免疫、こちらに獲得免疫、どう違うかというとヒトの間では同じ、あなた方の自然免疫、ガンマ・デルタも私のNKTも私の樹状細胞もほとんど同じマークを出しているのです、全部人間は同じ。ところがサルとは違うのです。そして獲得免疫ですが、これはAさん、Bさんみんな違うというような免疫です。

 そして今まで我々はこの免疫だけが重要だと、ワクチンもこれを活性化すればいいというような形で、今のインフルエンザだって考えられています。インフルエンザの蛋白を注射すればそれぞれの体内でできる抗体は同じ種類ではないのです。ある人は例えばインフルエンザの頭の部分に対する抗体、あるいはインフルエンザの尾っぽの部分に対する抗体とそれぞれ別個に量も違って生み出されてくるわけです。それを獲得免疫はそうやって個人個人が全然違う。ところが自然免疫は人間の間ではみんな同じです。しかし人間とサルは違うんですね、そして人間とチンパンジーはどうかとやってみたら、チンパンジーと人間は非常に似ているというようなこと、そしてエイズウイルスはヒトとチンパンジーにはエイズウイルスがかかるのですが、サルにはエイズウイルスはかからない、サルにかかるエイズウイルスはSIVといいますけれども、それは今度チンパンジーにはかからない、すなわち今流行っているインフルエンザも人間の間にかかってくる、これを制御するのは果たして個特異的な獲得免疫なんだろうか、種特異的な自然免疫なのだろうか。今後インフルエンザを制御している主たる免疫はどちらなのだろうということが、謎となって出てくると思います。

 我々は種として、人間という種としていろんな病気に共通にかかってきます。がんも同じだと思います。我々は種として同じがんにかかっているのです、イヌにできるがんと人間にできるがんは違います、そして人間にできたがんの種類をよく見ていくとみんな同じような性質を持っている。そしてそのがんを制御しているものとして、個特異的な獲得免疫と、種特異的な自然免疫のどちらがより重要なのだろうか。私はより重要なのは種特異的な自然免疫なのではないかと考えています。すなわちさまざまな感染症、そしてがん、これに対して種特異的な自然免疫というものがこれからは益々重要になってくると思います。

 この自然免疫と獲得免疫の大きな差ですが、自然免疫系の特徴はいつも強さと速度は同じ、何回注射したってどんどん激しくなってこないのです。だから絶えず絶えず刺激してやらなければいけない、これは丸山ワクチンですよね。二日に一遍注射していないとちっとも活性化しない、これは覚えていないのです。変だと思いませんでしたか、あんな結核菌の産物を何度も何度も打って、いい加減反応が強くなってきたっていいじゃないですか、それがちっとも反応が強くならない、いくらやっても反応は同じです。ところが今までやっていた反応、例えばよくあるのは刺激回数に応じて早く強く激しくなっていくわけです。例えば花粉症という病気であればスギ花粉を吸えば吸うだけ、吸った回数、量に応じて反応が激しくなっていくからマスクをして入れないようにするということが重要なわけです。それがIgEと呼ばれる獲得免疫なのです。ところが自然免疫、丸山ワクチンはおそらくいつも強さと速さは同じという自然免疫を活性化しなければいけないから、何度も何度もその刺激を繰り返すということをやっているわけです。ただ、こうやって絶え間ない刺激ということをやっているのだと思います。



7.NKT(ナチュラルキラーT)細胞の活性化

 そうやって見ていくと、先ほどのクラスIMHC、そしてCD1という分子なんですけれども、特にCD1にはCD1a,CD1b,CD1c,CD1dの4種類があるのですが、CD1d分子のことが一番よくわかっています。クラスIMHCはペプチド抗原が入るのですが、CD1d分子の構造はクラスIMHCと本当に似ています。ただし、CD1d分子は脂質を提示するんですね、我々のがんの細胞の表面、あるいは樹状細胞の表面には脂質を提示する分子が出ているということです。

 クラスIMHCから提示された蛋白ペプチドを認識するのはキラーT細胞ですが、ナチュラルキラーT細胞はCD1d分子が提示するアルファガラクトシルセラミドというような脂質、皮膚の脂肪なんかに入っている脂質に糖がくっついたようなものが、このナチュラルキラーT細胞を活性化させることがわかってきました。このナチュラルキラーT細胞は通常のT細胞と同じアルファ・ベーター型のT細胞レセプターを使っていました。

 ガンマ・デルタ型T細胞ではなかった。では、クラスIMHCからのペプチド情報を受け取るT細胞レセプターとCD1d分子から糖脂質抗原情報を受け取るT細胞レセプターの差は何か。前者は遺伝子の再配列に伴って記憶をつくるために一生懸命アミノ酸の配列に応じてつくられていく。ところがこちらのナチュラルキラーの方はCD1dにどんな抗原が出ても遺伝子の再構成を伴わない固定型のレセプターで、記憶はいらない、もう刺激を受ける前から出ていて、そして脂肪を認識する。このナチュラルキラーT細胞のT細胞レセプターは変化しないのでバリアブルでないレセプター、イン・バリアントなT細胞レセプターというような形で呼ばれています。ナチュラルキラー細胞を獲得免疫、ナチュラルキラーT細胞を自然免疫と呼びます。繰り返しますが、我々が最初から持っている免疫を自然免疫、そしてあとから出来上がってくる記憶獲得を要するものを獲得免疫といいます。従来の免疫の研究はすべて獲得免疫を見ていたということです。

 がんと闘うのはどちらでしょうか。キラーT細胞の活性化を担う MHC分子はヒトによって全部異なります。ところがCD1dはヒトの間で一アミノ酸も変化していない、遺伝子もほとんど変化しない、私が調べた限りでは1個でも2個でもヒトの間で変化があると病気になっちゃう可能性もある。すなわち我々は共通のCD1d分子を持ちながら生きているということです。だから我々は同じような自然免疫を活性化する能力を持っているということですね。本当に変化しません。そして自然免疫によって提示されるのは先ほど申し上げたこういったアルファガラクトシルセラミド、糖のくっついた脂肪なんですね、あるいはスルファチドと呼ばれる硫酸とくっついたような脂質、こういうものが提示される分子になります。そしてこのスルファチドはCD1a分子を介してT細胞群を活性化させますが、そのT細胞群のレセプターに殆ど差はなく、自然免疫に近いものなんだということです。

 この脂質はどこにあるかというと、細胞の膜にある脂肪の二重脂質、二重層というのがあるのですけれども、これとそっくりです。ただ、これ自体がCD1dから提示されません。例えば火傷をして、変性したベタベタな糖がくっついて細胞膜に変化が起こったときに、案外それをCD1dが認識して提示して、がんの特異的な免疫ですね、NKT(ナチュラルキラーT)に教える。すなわち細胞の表面を変化する、火傷させてしまうという行為を我々が行った場合、案外こういった自然免疫が動き出すというようなことはあるのかもしれません。これはまだこれからで謎だと思います。いずれにしろ、こういった物質、これ一本引き抜く、脂質二重層というのですが、これを一本抜いてみる、抜くだけではだめでここに糖をくっつける。糖をくっつけるためには火傷させればいい、そういうような分子がナチュラルキラーTを活性化させているということです。



8.ガンマ・デルタ型T細胞が認識する細胞内の脂質の変化

 ここで残された時間でガンマ・デルタの話、そして膀胱がんの話をし、大体4時ちょい前に終われればいいということを聞いておりますので続けます。(笑)  ガンマ・デルタ型T細胞ですが、まず我々はみんな同じガンマ・デルタを持っています。我々はガンマ・デルタの1型と2型を主として持っている。このガンマ・デルタ型T細胞群では、遺伝子の再構成はほとんど伴っていません。先ほど小腸のところに多数見られた細胞群の主体はガンマ・デルタ型T細胞群であり、やはり自然免疫なのだろうと。そしてこれらの細胞群は何によって活性化するのだろうかという研究が、一方で2000年以降行われてきました。

 その中で2003年でしたか世界的に有名な『Journal of Experimental Medicine』という雑誌に、ヒトガンマ・デルタT細胞は内因性 メバロン酸代謝物(Mevalonate Metabolite)を認識するとのことが発表されました。メバロン酸代謝物は、腫瘍の中でできるコレステロールの前駆物質です。ガンマ・デルタが腫瘍細胞内のコレステロール前駆体を認識することが示されました。腫瘍というものを考えるとき、我々は遺伝子が変化したものだという見方だけをやっていたのですが、もしかしたら脂質の変化というものがかなり起こっているのではないか、そしてその腫瘍内における脂質の変化を認識する作用がこのガンマ・デルタにはあるというようなことですね。だから正常の細胞と脂質の含量、特にコレステロール前駆物質の含量が違ってきているのが腫瘍かもしれない。そういうものを認識して動いて、それをあらかじめ制御しようというような細胞群がいるということが報告されてきたわけです。

 すなわち、こうやって腫瘍を見たときに今まではキラーT細胞、ナチュラルキラー細胞です。もう一つ見つけたのは、CD1という分子から提示された糖脂質みたいなのを認識するナチュラルキラーTが腫瘍をやっつけるだろうと。そしてもう一つわかってきたのはコレステロール前駆物質あるいは代謝産物、それをガンマ・デルタ型T細胞が認識して腫瘍を取り締まっている。すなわち、もしかしたら腫瘍というのは獲得免疫型のこういったエフェクターといわれる細胞と自然免疫系の細胞がクロスしながら制御をしているという可能性が出てきたわけです。

 腫瘍に対する防御システムの最も完備した部位、これが全部そろっているのが小腸ではないでしょうか。だから小腸というのはそういう意味でおそらくここにがんが発生したら、もう人間として終わりだよと言われるような部分なのかしれません。我々は小腸にはがんができないようになっている、それだけ我々にとっては重要な臓器が小腸なのかもしれません。あんな長いのだから少し取ったって大丈夫だよというものではないのかもしれません。



9.脂質で覆われている結核菌と自然免疫

 少し前ですが、『ネイチャー』という雑誌にあることが発表されました。まだガンマ・デルタときちっとわからない時代にヒューマンT細胞によってノンペプタイドアンチゲンが認識されるという報告がされたのです。ガンマデルタと思われる細胞群が結核菌由来のピロリン酸を認識するということが、この時点で報告されていました。そしてガンマ・デルタはここからだんだん見つかってきたんですね。ハーバードのグループで内科医のブルームとブレンナーという方がこういう新しい報告をしてきました。ブレンナーは現在ハーバードのリウマチ科の教授です。CD1という分子の発見者でもあります。そして内科医としてリウマチ患者を一生懸命みながらすごい研究をしているんですね、自然免疫系の幕を開いた一人でもあります。

 彼らは、結核菌のある成分がこのようにガンマ・デルタを活性化させるということを見つけてきたわけです。そしてわかったのは結核菌というのは脂で覆われているのです、ものすごく厚い脂なんですね、だから胃の中で生きていけるのです、抗酸菌と呼ばれる理由は、胃の中でも死なないという意味なんですね。胃の中でも生きていける最大の理由は、この結核菌の回りを厚い脂の膜が覆っている、特にミコール酸と呼ばれる脂がそれを覆っているためなんです。そしてそのミコール酸の合成阻害薬が抗結核薬であるイソニアチドだったりするわけです。いずれにせよ、結核菌というものは非常に脂にとんだもので胃の中でも生きている、この結核菌に注目したのが丸山先生でした。

 そして結核菌が実はよく見ると、この樹状細胞を活性化する物質も出しているというようなことが見えてきます。結果だけ言いますと、この樹状細胞の表面にはトールライクレセプター(TLR)というのが出ているのですが、このトールライクレセプターの研究で、世界で一番ヒットしているのが先ほどの岸本先生のお弟子さんの審良(あきら)先生です。

 このトールライクレセプターはそれぞれ何を認識しているのだろうというときに、結核菌が出てきました、これですね、結核菌由来のリポ・アラビノマンナンというのがトールライクレセプター2を刺激するというようなことが見えてきました。すなわち結核菌の成分のあるものが、これはまさに丸山ワクチンの成分の重要なファクターの一つなんですが、そういうものが先ほどの樹状細胞のトールライクレセプター2を刺激して樹状細胞を活性化する可能性があります。そのほかもおもしろいのは最近の繊毛だとか鞭毛だとか、あるいはウイルス由来のRNA(シングルストランドRNA、あるいはダブルストランドRNA)、こういったものが我々の外敵が入ったときに、こいつは外敵か我々の仲間かとみるときの識別因子となります。実は我々は体内に侵入した物質の遺伝子や表面にくっついている脂を認識しているのです。全然蛋白の遺伝子構造の産物ではないんですね、そこら辺が見えてきた、我々はきっと環境からの物質に対しては脂質や核酸をターゲットとして認識し、体内の情報伝達としてはペプチドを利用しているのだろう、蛋白を利用しているのだろうということです。

 そして大事なことは、樹状細胞は結核菌をどんどん取り込むということです。すなわち逆にいえば、結核菌は樹状細胞に簡単に感染していくということがわかります。なぜか、そのメカニズムははっきりわかりません。いずれにせよ、結核菌は非常に樹状細胞の活性化能が高いということだけは見えてきました。例えば細胞を何種類もいっぱい用意しておきます。そこに結核菌をポトッと落としたときにどの細胞の中に結核菌は入っていくかとみたときに、樹状細胞なのです。それでこの自然免疫の中枢を担う樹状細胞というのは非常に重要なんだなということがわかったわけです。



10.膀胱がんのBCG療法から見えてくるもの

 BCG注入療法というのが今膀胱がんの中で非常に注目されていますけれども、がんを取った後に膀胱の中に少量のBCGを注入します。生きたままのBCGを入れます。するとがんが再発しない。不思議ですね、なぜなんだろう。すなわち膀胱の粘膜に樹状細胞があったならば、その中に生きたBCGが入り込んで、その局所の粘膜免疫を持続的に絶えず活性化し、がんの再発を防いでいるという可能性をこの様な状況は示唆しているわけです。

 私は泌尿器科の大学院と一緒に組みまして少しそこのところを解析しましたところ、予想通りのおもしろいことが見つかってきました。膀胱がんの患者さんの中では具体的に粘膜におけるどのような細胞が活性化されているのだろう、キラーT細胞なのか、ナチュラルキラーなのか、あるいはナチュラルキラーTなのか、ガンマ・デルタなのかわからなかったわけですが、結果をお示しするとこういうことなのです。

 例えば最初に、膀胱がんの細胞でT24という有名な細胞を使いまして見ましたところ、クラス I MHC分子はほとんど出ていませんでした。すなわち、クラスIMHC分子によって提示された癌抗原は見えない。では、ナチュラルキラーがこれを制御するかといったら、これは全然殺さないのです、どうしましょう。そうすると、この膀胱がんを制御するのは一体何なんだろうと、そこで私はMHCが一致しない免疫、他人の末梢血と混ぜて実験してみたところ、こういうことがわかりました。

 末梢血の中にがん細胞を入れておくと普通の場合は、がんはどんどん増えるのですけれども、生きた結核菌を入れるとがん細胞の増殖は落ちるということがわかりました。この際生きた結核菌で処理した樹状細胞を添加すると、樹状細胞を添加しない群では全く影響が認められませんが、生きた結核菌の添加によってがん細胞の増殖は抑えられるということが認められました。次に死んだ結核菌と生きた結核菌を比較してみたのです。加熱処理で殺した結核菌で活性化した樹状細胞を添加してもちょっと抑えるぐらいでした。すなわち我々は生きた結核菌の何らかの成分を、加熱処理して殺した結核菌ではなくて生きた結核菌の何らかの成分によって樹状細胞を刺激すると癌細胞を抑制することを見いだしました。

 これは幾つかのデータを飛び越えて言っているのですけれども、この際ガンマ・デルタ型のT細胞を完全に除去した場合には、がん細胞に対する細胞障害活性が低下する。すなわちこういったがん細胞を抑えているのは、一つはガンマ・デルタ型のT細胞だということはわかります。そしてガンマ・デルタ型T細胞だけを集めてビスホスホネートという骨粗しょう症の薬を加えるとガンマ・デルタ型T細胞はどんどん増えてくることがわかっていますので、ビスホスホネート活性化ガンマ・デルタ型T細胞と、このがんとミックスさせると、ガンマ・デルタがちゃんとこの腫瘍細胞を抑えるということがわかります。

 この図も細かくて恐縮なのですが、粘膜の細胞はいちいち採ってこられないので、生きた結核菌で我々の血液中のリンパ球を活性化させて、本当にがんと闘う力のある細胞はどれかとやっていくと、主体はナチュラルキラーではなくてナチュラルキラーT細胞だったということがわかりました。ナチュラルキラーT細胞の方がナチュラルキラーより、実際に膀胱がん細胞には有効だということが結果として見えてきます。そしてもう一つわかってきたのは、この腫瘍細胞の表面には内部の遺伝子情報を教えるクラス1MHCがほとんど欠損している。ということは、全然キラーT細胞は癌抗原情報を見ることができないのです。ナチュラルキラーも見てくれないのです。

 そうしましたらおもしろいことに、この腫瘍細胞に非常におもしろいクラス1MHCみたいなものが逆発現しているのが見えました、こういうものが出ていました。これはMICAあるいはMICBというものなのですが、MHC分子に非常に似ている遺伝子産物、それが出ていたのです。そしてここで出てきた抗原というのは果たして蛋白なのかどうなのか。実はここに出てきた分子は脂や蛋白のミックス、あるいは脂、コレステロールの代謝産物、そういうものが提示されてそれを認識するレセプターが見つかってきたのです。これでがん細胞上で情報を出したときは、NKG2Dと呼ばれるレセプターがそれを認識排除します。

 よくよく見たらNKG2Dレセプターは、ガンマ・デルタにもNKTにも、そしてNK細胞上にも出ていました。すなわち、我々の体内の免疫システムは、がん細胞がこういう情報を出したときにはそれをキャッチできるシステムがある。次に私どもはこのようなNKG2Dというレセプターをブロックしたり、あるいはMICA、MICBという分子をブロックしたら、その膀胱がんに対する細胞障害活性というのは落ちるのかということをやってみました。その結果、見事にNKG2Dをブロックしたときも、MICAという分子をブロックしたときも双方ともキラーの活性が落ちることを確認することができました。

 まとめてみます。ちょっと今のところは難しくて恐縮ですが、こういうことなのです。膀胱の中になぜBCGを入れたらがんが小さくなるのか、あるいはどんどん大きくならないのか、増えないのか。そこで生きたBCGを膀胱の中に入れると、とりあえずそれを取り込むのは生きたBCGに感染したDC(樹状細胞)でして、膀胱粘膜内の樹状細胞がちゃんと結核菌を捕まえる。この樹状細胞はインターロイキン12というものを粘膜内で出しています。このインターロイキン12というものを出すと、実はインターロイキン12によって最も早く活性化してくる細胞があります。もう先天的にインターロイキン12のレセプターを持っている細胞で、それがナチュラルキラーTというものなのです。ですからナチュラルキラーTは、何も刺激しないのにインターロイキン12のレセプターを持っている細胞として有名なのです。

 そしてもう一つは、生きたBCGの感染したDCはイソペンテニルピロリン酸(IPP)というのですけれども、先ほど結核菌が出してくるような脂肪、先ほど『ネイチャー』の雑誌に出てきたような、その物質を出していることがわかりました。イソペンテニルピロリン酸はガンマ・デルタを活性化してしまう、すなわち生きたBCGを感染した樹状細胞は、ナチュラルキラーTとガンマ・デルタ型T細胞を膀胱粘膜内において活性化する能力があるということが見えてきました。もちろんナチュラルキラーも一部活性化しますが、でもメジャーではないということです。そして膀胱がんという細胞があって、その膀胱がんの表面には実はMICA、MICBというストレス関連の脂質、あるいはそういう熱ショックタンパクみたいのが出ている。この膀胱がん細胞を制御しているのは、もしかしたらこういったNKT、ガンマ・デルタだということが見えてきたわけです。以上の内容の一部を、私共は本年Cancer Immunology Immunotherapyという癌免疫の専門誌に掲載することができました。



11.終わりに:結核菌由来の丸山ワクチンのがん免疫活性化の可能性

 今まで我々はこのようなNKTだとかガンマ・デルタ、すなわち自然免疫系の細胞が、しかも自然免疫系の親分である樹状細胞によって制御をされ活性化されて、それが結果としてがんを制御するという図式は余り見たことがなかったわけですが、実際に実験をしてみるとこういうことがわかるということになってきます。

 こういうものが新たな腫瘍免疫です。今まで我々は特異免疫の方ばかりを見ていた、MHC拘束性の獲得免疫を活性化することががんにおいては重要なのであろうというふうに考えてきたわけですが、実際に膀胱がんの治療を見ても本当にエフェクターとして役に立っているのは、このような結核菌によって、あるいは結核菌由来の産物によって活性化したようなものだろうことが分かります。

 そして最後のところですけれども、これは僕が4年前に提示した図です。(図4)

(図4)

 皆さまのお手元にもあると思いますが、結核菌部分があった場合に丸山ワクチンの主成分は熱水抽出された脂質アルカロイドであると。そして例えばこの厚い壁であるミコール酸というものがあったら、それを今言ったようにCD1を介したNKTの活性化、あるいはガンマ・デルタそのものを活性化する作用もある分子、その中で例えばリポアラビノマンナンというのが結核菌に出ていますね、これは今言ったTLRレセプターを介して樹状細胞を活性化する可能性がある。

そしてもう一つ、培養していた汗みたいなものとして出てくるようなもの、これは樹状細胞に感染してもこういうものが出てくるわけですけれども、いずれにせよイソペンテニルピロリン酸、結核菌のある成分アルカロイドがこういったガンマ・デルタの活性化につながる。

 もしかしたら丸山先生のおつくりになった丸山ワクチンというのは、この結核菌からうまいことアラビノマンナンが、あるいはミコール酸、あるいはそれ以上に効率的な自然免疫の活性化物質を抽出していたのではないかという可能性があるわけです。この自然免疫の活性化物質で自然免疫を活性化するには、一回打ったからではだめなんですね、記憶ができませんから絶え間ない刺激をやらなければならない。でも、そうやって活性化していくことによってうまくいく。あるいは結核菌に感染したような結核患者が、がんから免れたということを丸山先生は病棟で感じたわけですが、それは生きた結核菌が体内にいたわけですよね、ということは、先ほどの膀胱がんに生きたBCGを入れたということと非常に似ている。すなわち生きた結核菌、細菌感染がおきるということは持続的に自然免疫が活性化される。でも、それは非常に危険ですね、結核菌そのもので感染させるのは。そうではなくて、うまいことその抽出物質を使って絶えず打ってあげることで、がんの免疫にならないだろうかという先生の経験上のご判断が、今のこういった自然免疫の謎を解きあかす一つの重要な起点になっているのではないかと思いました。どうもありがとうございました。(拍手)