#第8回講演会のお知らせ
第8回講演会を開催します。

日時:平成22年5月29日(土) 15:00〜17:00 ※終了しました。

場所:如水会館 スターホール
   千代田区一ツ橋2-1-1
   TEL:03-3261-1101
講師:

   神戸大学名誉教授、兵庫県立こころのケアセンター参与

   演題:「丸山ワクチンについての私見」


   医療法人安藤整形外科理事長

   演題:「丸山ワクチンと当院の代替医療(四位一体療法)」

参加費:無料 ※終了しました。



講演者プロフィール

 中井 久夫先生

兵庫県こころのケアセンター参与

#プロフィール
昭和34年京都大学医学部医学科卒業
同年4月より大阪大学医学部付属病院にて実地研修
昭和35年4月京都大学ウイルス研究所物理部助手
昭和41年4月東京大学付属病院分院研究生
昭和43年2月調布市青木病院医師
昭和47年4月東京大学講師分院神経科病棟医長
昭和50年4月名古屋市立大学医学部精神科助教授
昭和55年6月神戸大学医学部精神神経科教授
平成9年3月同定年退官
平成9年4月甲南大学文学部人間科学科特任教授
平成16年3月同定年退職
同年兵庫県こころのケアセンター長
平成20年3月同センター参与、現在に至る


#演題
「丸山ワクチンについての私見」

#レジメ
丸山ワクチンとの出会いは、義姉の原発巣不明・転移性肝ガンに始まる。 義兄に何か方法がないかと迫られた私は、「丸山ワクチンというものがあるが私はよく知らない」「ぜひ頼む」という依頼に応じた。私は日本医大に赴いた。
医師名刺を出して、丸山先生のご説明を聞き終わったら、教授室に招じ入れられた。「医師はたくさんくるがね、名刺を出したのはキミが初めてだ」とのこと。昭和40年代半ばであった。資料をいろいろ見せて説明をうかがった。
胸部X線写真に東大病院放射線科、病理標本に東大病理部の名があった。
義姉の主治医は乗り気では全然なかった。高校の1級上級生という義理でしばらくやってくれたが、ほどなく中断した。家族の談では、ワクチンを受けている間は苦痛が和らいでいたそうである。
昭和50年、母の胃ガンが発見された。医師として恥ずかしいが、帰省しないうちに、ガンは触診で触れ、ヴィルヒョウの転移、さらに皮下転移があった。
この時まで正常の生活を営んでいた母(64歳)は、病理切片を採取した時点の日から悪化し、ガン患者らしくなった。局所の侵襲が起す全身変化(Reilly症候群)か。1ヶ月たたぬ間に世を去った。 最期の10日間は頑として食を断ち、私の新任地赴任の当日の朝に逝った。 しかし、最期まで苦痛なく、ヴィルヒョウの転移は少し小さくなっていた。(体積にして1/2か)
その半年まえ、団地の一階上の夫人(35歳か)が左腸骨内の一点に疼痛を覚え、ある大学病院産婦人科で原因不明といわれて、相談に来られた。 疼痛は軽度であるが、下内方に徐々に移動していた。 私は、この夫人が正確な叙述を行なうひとであることを知っており、卵巣腫瘍ならばその大学産婦人科で発見しているだろうし、他には緊急重大なものはないと判断し、解剖学的位置から大腸ガンの疑いとして勤務先の外科に紹介した。 外科では卵巣ガンと診断し、産婦人科に紹介したが、開腹すると狭窄を起しはじめている大腸ガンで、さっそく術者交替となった。 その夜、かん頓を起し、大騒ぎとなって、軽微な訴えをとりあげたと私は責められた。 病理部は切除標本を夫にみせてくれ、それは360度腸管を取り巻く白色の筒状の物体であった。 この方は、丸山先生から「もういいでしょう」といわれるまでSSMを続けたそうである。 その後50歳代で脳腫瘍をわずらうなど5回の癌手術を経て、現在72か3歳でゴルフをなさる元気さであると年賀状にある。
その後、親戚知人や私の担当患者を折にふれてお願いしているが、最後に一例を挙げておこう。
彼は30歳前後の青年で,精巣ガンを持っており、すでに2回切除を受けているが、烈しい強迫症状のために通院ができなくなり、そちらのほうを治療してほしいという依頼であった。 会うと、青年にして、すでに髪は半ば白色、舌は蒼白で、粘膜下のところどころに青色の円形斑点があった。
血行が緩かになっているはずで、こういう箇所で転移が始まるのではないかと思った。
私がSSMを提案したのは士気の再建、「希望の処方」の一環としてである。
他大学の泌尿器科の主治医は了承した。患者は毎回、大阪からタクシーで通ってきた。 陪席の医師たちが驚いたのは、彼の顔色がよくなり、白髪が黒くなり、舌に赤みがさしてきたことである。 診察ごとに、画用紙とクレパスを渡し、彼は必ず巨大な松を描いて帰った。 それは彼の失ったものに似ていた。
強迫症状も薄らいだが、この精神症状は恐怖と関連しているので不思議ではない。 現在、父親の工場をレンタルする会社の社長である。 今年で20年前後になるが、精巣ガンは再々発していない。

私は精神科医で、かつ研究医であった者としてSSMの成功の原因を考えた。

  1. 皮膚科医であったこと。皮膚科医にとっての皮膚は、現在最高の診断器具をうわまわる精密さ正確さで、しかもいくらでも頻繁に観察できる対象である。医学は現在でも、横断的観察に比べて経過観察が格段に行ないにくい。
  2. まず、尋常性狼瘡(皮膚結核)などの良性の増殖に取り組んだこと。私の経験を話す。もぐさによって母斑を取ろうとした80歳の女性が、うつ状態で来院した。 私は、それよりもまず頚部のクレーター状の2潰瘍(10円玉と1円玉大)に注目した。緊急性が高い縁は隆起し、黒色を呈し、その内側はミンチ肉のようになっていた。 皮膚科に紹介しようかと思ったが、皮膚科教授は黒色腫の中性子線治療で学会賞を取ったばかりであった。 私は一週間だけSSMを試すことにした(これは病棟に余っているワクチンを使ったので日医大に報告していない)。 一週間後、写真機を持ち出していた私を待っていたのは、潰瘍の閉鎖だった。8ヵ月後には1本の白線になって、鬱病の治療なしで診察を終えた。 このような事例は研究者に達成感を与える。 多くの薬物が最初の目標と違った薬品になっている一例ともいえよう。 皮膚ガンに多い棘状細胞ガンも悪性度が高くない。
  3. ヒト結核菌を使ったこと。BCG菌と何かが違うのであろうが、ヒト結核菌が万一活性を持っていたら大変であるから、熱水抽出をされたのであろう。 ちなみに、熱水抽出では核酸も抽出される。 出所も機能も不明な核酸が生物界のいたるところに大量に存在するらしい。
  4. おそらく、丸山先生の教室はどちらかといえば小規模であり、先生の気質からしても、結核菌培養をいちいちチェックなさって、篤農家が育種する時のようにこれは有望だという直感を走らせられたのであろう。 SSMの菌は選抜育種された菌であると憶測する。 これは大大学の大教室では行い難い利点である。
  5. 生物学者が興味を持つような面が多い。 現に興味を持つ人がいた。そういう連携ができるとよい。 私のかつての実験仲間は、たとえば「二日に一回、必ず皮下」は今考えればそうでなくてはならないが、はるか以前にこの条件をどうして突き止めたのかといぶかる。 皮下の「樹状細胞」による抗原伝達はメモリーを残さない原始的な免疫だが、最近注目されてきたばかりなのである。
    なお、免疫学は硬骨魚類に始まるリンパ球系免疫に偏っているが、これはガラス細工のように精緻で、華やかな研究成果が出やすい領域であるが、欠点もある。 他の抗病システムが進化と共にすべて捨て去られたわけではなかろう。サンゴの免疫細胞などは一種万能である。
    高等動物ではインターフェロンが宿主側の種特異的でどのウイルスにも有効である。SSMで真っ先に血中に出てくる好中球もそうである。
    瘢痕形成もそうだろう。増殖と炎症は紙一重なのである。

今後の問題としては、まず、成功例のフォローアップをできるだけ具体的厳密に行なうことであろう。成功例は協力が得やすいからである。
限界は必ずあるが、それを突き止めることが、次の課題であろう。丸山先生は繊維芽細胞が動員されて腫瘍細胞巣を取り囲む兵糧断ちの考えを示されたが、今は繊維芽細胞も免疫系の情報網に入っていることが分かっているらしい。
あの考えは生物学者にアッピールしていた。繊維芽細胞は繊維細胞にもなるが、毛細血管の内皮細胞にも変身するときく。その辺りをはっきりさせておきたい。とにかく、医学系研究者だけでなく、生物学者との連携を深めることである。
なお、遺体からガン塊をまるごとを掘り出してガン腫の成長を追求した研究がある。今は忘れられた九大の病理学者・今井環(たまき)の業績(CPL分類)である。(ガン発育を表在型、組織内型、脈管型、腔内型にわけ、術後生存率の差異を示した研究である)多少詳しくは住吉昭信「ガン病理学の金字塔--今井の<癌CPL分類>再訪」。
『ミクロスコピア』二六巻四号参照のこと(新潟市中央区古町通四番町、考古堂書店、--藤田恒夫先生を中心とする同人雑誌で日本人の研究の紹介を精力的に行なってきたが、本年度冬号で廃刊となっている)。 癌塊をまるごとみるという発想が私には新鮮である。

薬事審議会でのSSMの扱いについては、20年ぐらい昔、元委員による報告があった。 それは天理教が出していた雑誌『元の理』に掲載されている。 “このような審査”がまかりとおる日本を見捨ててカナダに移住した生物学者である由だが、その名も記憶になく、この雑誌も今は廃刊されているのが残念である。

現在の有償治験が例外的な措置であることは重々承知であるが、正式に採用されれば、痛し痒しの事態になるかもしれない。 現状は厚生官僚が智慧を絞っての現状かもしれない。 健保採用となれば、再診料、技術料等を1ヶ月15回、プラス40日ごとに診断書料を支払うことになり、医療経済的にもだが、個人経済的にも耐えにくい。 ずっと以前には、1回に不当なほどの多額を請求されるという噂を聞いたことがあるが、私の知る範囲では、かかりつけ医が治験担当医となって無料で打っているか、医師の依頼を受けて知人の看護師が打っている場合か、知人の医師が打っている場合しか知らない。
糖尿病患者のインシュリン自己注射のようなことが認められれば別であるが-。

そもそも、私がSSMに関心を持った最初は、A医大の教授が胃ガンと診断された時、さっそく助教授が日本医大に走ったことを知ったからである。
医学界のこのダブルスタンダードに怒りを覚えると同時に、「すると、ほんとうにきくのかもしれない」と思った次第である。
私は、このダブルスタンダードだけは知的に誠実でないと思った。なお、この教授は開腹したところ、胃ガンの影も形もなく、心理的なものだとされ(直前に弟さんが癌死)、放射線科の教授だけが「たしかにあったのだがなあ」と呟いていたことを記憶する。
本人は当時60歳前後であったが、90歳の長寿を全うされ、多数の論文や翻訳を残された。 未だに謎とされている。

連絡先:神戸市中央区脇浜海岸通 1ー3ー2
    兵庫県立こころのケアセンター
    中井久夫



 安藤 由朗先生

医療法人安藤整形外科理事長

#プロフィール:
愛知医科大学卒業後、九州大学整形外科教室入局、福岡赤十字病院、救急病院厚生会佐田病院、国立九州がんセンター勤務を経て現在医療法人安藤整形外科理事長。

#演題:
「丸山ワクチンと当院の代替医療(四位一体療法)」

#レジメ:
現在、日本では2人に1人はがんに罹り、3人に1人はがんで死亡する時代になっています。
がんと診断されるまでに10〜20年をかけてがんは細胞分裂を繰り返して大きく成長してきていると言う意味からは、2人に1人以上の相当数の方が潜在的に既にがんに罹っていることになります。
がんと診断された場合、標準治療と呼ばれる外科手術は肉体的負担、抗がん剤や放射線治療は強い副作用を伴いそれまでの生活環境を維持していくのが困難な状況になります。
がんはそもそも我々自身が生み出したものである以上、一方的にがん細胞を攻撃すれば、同時に正常細胞を傷つけ、重大な副作用をまねき我々自身を消耗させることは避けられません。
標準治療以外の新たな治療法が模索されるのは自然な流れといえるかもしれません。
米国では代替医療の研究費の予算が計上され、医科大学における代替医療講座の設置がハーバード大、コロンビア大、スタンフォード大等で推進されています。
現在、米国では60%以上の医師が代替医療を推奨し、がん患者の約80%が標準治療にプラスする形で何らかの代替医療を利用しています。
代替医療は人間が本来持っている自然治癒力、免疫力を高めて体内環境を整え病気の治療や予防を行なう療法で、生活環境を殆ど変えずに治療を行なう事が可能です。
私は、
(1)食事と水による療法、
(2)洗腸・浣腸
(3)フコイダン
(4)丸山ワクチン
(1)・(2)はがん・成人病・アレルギー疾患など全ての病気に共通。(3)・(4)はがん専門の代替療法という作用の異なる4つの治療法を組み合わせることにより大きな治療効果をあげています。
今日は、その四位一体療法の中で、丸山ワクチンがどのような役割を果たしてきているのかについて、これまでの臨床例を引用しながらお話をしてみたいと思います。


日本医科大学付属病院ワクチン療法研究施設 丸山ワクチン患者・家族の会